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江戸時代は「藩」と呼んでいなかったのなら

「廃藩置県」が行われるまで、「藩」という呼称は一般的ではなかった、そう昨日の検索で分かりました。
昨日の記事(「1使3府302県」)


「藩」だけでなく「天領」というのも、明治以降の公称なのだそうです。


つまり、「藩主」とか「会津藩」、「藩士」なんて言葉を使わなかったということです。


では、どう呼ぶのか?(ウィキペディアより)


「藩主」ではなく「大名」です。まあ、当然ですね。


「藩主」や「大名」とは使わず、それぞれの大名の個人名で呼ぶ、それも当たり前ですね。


「侯」を付けて「仙台侯」、「尾張侯」、「姫路侯」などとも呼ばれていたそうです。



「藩士」は「仙台藩士」だと「松平陸奥守家来」というように公的には称されたそうです。



じゃあ、「脱藩」は?


「藩」という呼称が使われていないのであれば、別の言い方があるのではないかと思ったのですが、ウィキペディアでは、何の説明もありませんでした。


で、別の方法で検索すると、「脱藩」とは言わずに「国抜け」と言ったとありました。ここ




時代劇でおなじみの


「わが藩」だとか、「土佐藩士」とか「藩」を使った言葉は、実際には江戸時代に使われていず、「藩」という言葉は
「廃藩置県」のときに使われた(豊臣や織田の時代に「藩」という言葉はできたそうですが)呼び名、歴史用語なんだとは……。




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Author:教室長
京都市南区唐橋、九条通御前を少し東に行った南側にある個別指導学習塾常伸スクールの「京都松陰塾」の教室長です。
ショウイン認定校で、2012年6月オープンしました。
英検準一級、TOEIC 885点  漢熟検二級 初級教育コーチ養成講座 知識編修了 STEPリーダー

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